お金の価値観

大人と子どもの100万円



100万円あったらあれもこれもした~い!!!

...となってたのはわたしが子どもだったからなんだろうな。

大人になって、わたしは100万円がいかにすぐ飛んでいってしまう額なのか知ってしまった。


100万円はすぐに飛ぶ。

住民税を払ったり、滞納した年金を払ったり、家賃を払ったり、インターネット代と携帯代を払ったりすれば、数十万なんてあっという間にきえていく。

ぜんぜんわたしがうれしくないようなものに、異常なまでにお金がかかる。

そのくせ100万円を稼ぐのは死ぬ程大変なのだ。

社会で揉まれ、やりたくないことに一日の大半の時間を割いて、歯を食いしばって、なのに手元に残るお金は微々たるもので、しかもそれからいろんな固定費の支払いをしなければならない。


子どもの頃はお金がなかった。ほんとうになかった。

駄菓子屋で100円分買える日は大喜びでスキップをして帰ったものだ。

ジュースを買うほどのおこづかいも持たなかったけれど、あの頃のおこづかいはどこまでも自由だった。

自分のたいせつなお金が、わけのわからないものに消えていったりしなかった。

税金も年金も公共料金も通信費も知らなかった。


あの頃に帰りたい、とは思わない。

そこまで後ろ向きじゃない。

だけど、お金に対しての感性がまだみずみずしかったあの感覚は取り戻したい。

100円分の駄菓子でよろこべるようになりたい。

自分のお金を自分の好きなように使うよろこびを思い出したい。

毎日死にたくなりながら必死に稼いだお金が、いつの間にか引き落とされて何に使われたのかもわからないまま苦笑するのはもういやだ。


子どもの頃の私に100万円を与えたら、いったい何を買うのだろう?
どうか、お菓子でも、おもちゃでも、なんでもいい、自分が本当にほしいものを買える喜びをじっくり体験してほしい。

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